雨もりと料理の湯気で蹈集、ぶよぶよになった場末のアパートの便所の隣に、貧しい畫家のアルゴン君が住んでいた犀暑。
三メートル四方の小さな部屋に似合わず驯击、ひろびろと見えるのは、壁ぎわによせて置かれた椅子が一つあるだけで耐亏、ほかになんにもなかったからである徊都。機(jī)も本棚も、絵具箱や畫架さえも売り払ってパンに代えた广辰。今殘っているのはその椅子とアルゴン君との二つだけ暇矫。しかしこの二つもいつまで殘っていられることか?
夕食時が近づく择吊。なんて鼻が敏感になったんだろう李根、とアルゴン君は考える。複雑な匂いの複合を几睛、彼はその遠(yuǎn)近と色彩に區(qū)別して嗅ぎわけられる房轿。ああ、電車通りの肉屋で揚げている豚肉のイェロー?オーカー枉长。果物屋の店先を流れて來た南風(fēng)のエメラルド?グリーン冀续。パン屋から流れてくる感動的なクローム?イェロー。下のおかみさんが焼いている魚必峰、多分鯖の物悲しいセルリアン?ブルー洪唐。
そうそう、アルゴン君は朝からまだ何も食べていないのだった吼蚁。
蒼い顔凭需、額の皺问欠、上ったり下ったりする喉仏、まがった背粒蜈、くぼんだ腹顺献、ふるえる膝頭。アルゴン君はポケットに両手をつっこみ臭い生あくびを三度たてつづけにした枯怖。
何か棒切れが指先にふれる注整。おや、なんだろう度硝? 赤いチョークだ肿轨。おぼえがないな。指の間でなぶりながら蕊程、もう一度大きな生あくび椒袍。ああ、なにか食いたい藻茂。
思わず驹暑。そして何げなく、アルゴン君はそのチョークで壁にいたずらを書きはじめていた辨赐。はじめにリンゴの図优俘。大きな、一つ食べたら腹一杯になりそうなやつ肖油。すぐ食べられるようにその傍には果物ナイフ兼吓。ごくっと生唾を飲込むと臂港、次には廊下や窓から流れこむ匂いをたよりにパンの図森枪。野球のグローブのようなジャムパン、バター入りのロールパン审孽、それから大人の頭ほどもある食パン县袱。つややかな焦目が目に浮ぶ。うまそうな割目佑力、はちきれた肌式散、酔うようなイーストの香り。ついでにその橫に煉瓦ほどもあるバターの塊打颤。ついでにコーヒーを描いてやろうか。出したての、ほかほかな湯気の出ているやつ藏姐。ジョッキのような大コップ厅篓。受け皿にはマッチ箱ほどの角砂糖三つ。
おお透且、畜生撕蔼、歯ぎしりして両手に顔をうめた。何か食いたい!
次第に意識が暗闇の中にめりこみ鲸沮、ガラスの向うのパン菓子のジャングル琳骡、かん詰の山、ミルクの海讼溺、砂糖の浜楣号、牛肉とチーズの果樹園……と駈けめぐるうち、疲れて彼はうとうととしました怒坯。
何か重量感のあるものが床におっこちる音と竖席、瀬戸物が割れる音に目を覚ますと、すでに日が暮れて敬肚、真暗毕荐。何事だろう、音のしたあたりに目をやって艳馒、息をひそめた憎亚。割れた大コップ。そのあたりにこぼれ弄慰、まだ湯気をたてているのはたしかにコーヒーである第美。さらにその附近一面に、リンゴ陆爽、パン什往、バター、角砂糖慌闭、スプーン别威、ナイフ、それに運よく割れなかった受け皿驴剔。そして壁に描いたチョークの絵は消えている省古。
まさか、……と全身の血管が急に目を覚まして鳴りはじめ丧失、アルゴン君はしのび足で近づく豺妓。噓《うそ》だ、噓だ布讹、こんなことがあってたまるものか琳拭。しかし、そら描验、本當(dāng)じゃないか白嘁。むせるようなこのコーヒーの香のどこに偽りがあるのか。そら挠乳、パンの肌をすべってゆくこの指の感觸权薯。思いきって姑躲、この舌ざわり。――アルゴン君盟蚣、これでも信じられないというのか黍析?――いや、本當(dāng)だ屎开。信じるよ阐枣。だが恐い、信じるのは恐い奄抽。
恐くても本當(dāng)なんだ蔼两。食えるんだぞ。
リンゴはリンゴの味(これは雪リンゴだ)逞度。パンはパンの味(アメリカの粉だ)额划。バターはバターの味(包紙のレッテルと同じ中味。マーガリンではない)档泽。砂糖は砂糖の味(甘い)俊戳。ああ、全部本物の味だ馆匿。ナイフは光っていて抑胎、顔がうつる。
気がつくと渐北、いつの間にか食べおわっていて阿逃、アルゴン君はほっとした。しかし何故ほっとしたのか赃蛛、その理由を想い出すと恃锉、急にまたあわてだした。例の赤いチョークを手にとって焊虏、しげしげと観察する淡喜。いくら眺めてみても、分らないことは分らない诵闭。たしかめてみようと思えば、もう一度繰り返してみることだ澎嚣。二度繰り返して成功すれば疏尿、それは現(xiàn)実であったというべきだろう。何か変ったものでもためしてみようと思ったが易桃、気があせるのでもう一度描きなれたリンゴの実褥琐。……描きあげたと思うと同時に晤郑、ころっと壁から離れてころげおちた敌呈。やはり本當(dāng)だった贸宏。これは、繰り返されうる事実なのだ磕洪。
突然歓喜が全身を強(qiáng)直させる吭练。神経の末端が皮膚を破って宇宙いっぱいにのびひろがり、ざわざわと落葉のように鳴る析显。それから急に緊張がゆるみ鲫咽、床に坐りこむと、息を切らした金魚のように笑いだした谷异。
宇宙の法則が変ったのだ分尸。運命が変り、不幸は去ったのだ歹嘹。ああ箩绍、満腹の時代、慾望が現(xiàn)実になる世界尺上×嫜。……神様、私は睡くなりました尖昏。
それではベッドを描きましょう仰税。今やチョークは生命に等しい貴重なものだが、べッドというやつは抽诉、満腹すれば必らずいるものだし陨簇、別に減るものでもないのだから、そうけちけちする必要はない迹淌。ああ河绽、生れて始めての幸福な眠りというもの。片目はすぐに睡ったが唉窃、片目は容易に寢つけない耙饰。それは今日の満足にひきくらべて、まだ験してない明日への懸念のせいなのだ纹份。しかし苟跪、その片目もやがて睡ってしまう。くい違った両目で一晩中まだらな夢を見る蔓涧。
さて件已、心配な翌朝は次のようにして明けた。
猛獣に追われて橋からおっこちた夢元暴。ベッドからおっこちた……のではなかった篷扩。目を覚ますと、ベッドなんかどこにもなかった茉盏。相変らず鉴未、あるのは枢冤、例の椅子ひとつ。では铜秆、昨夜の出來事は淹真? アルゴン君はおずおずと壁を見まわし、首をかしげる羽峰。
そこには赤いチョークで趟咆、コップ(それは割れていた!)とスプーンとナイフと梅屉、それにリンゴの皮としん[V瞪矗「しん」に傍點]とバターの包紙の図。その下に坯汤、ベッド虐唠、彼がそこからおっこちたはずのべッドの図。
昨夜描いたもののうち惰聂、食べられなかったものだけが疆偿、再び絵になって壁にもどっているわけだ。不意に腰と肩に痛みを感じる搓幌。たしかにベッドからおちたとしたら感じるであろうような痛み杆故。そっとベッドの図の、寢みだれた敷布のあたりに手をやると溉愁、微かなぬくもりが处铛、ほかの冷い部分とはっきり區(qū)別された。
ナイフの図の刃のあたりを指でこすると拐揭、それはたしかにチョークの跡にしかすぎぬ撤蟆、なんの抵抗もなく、きたないよごれを殘して消え去った堂污。ためしに新しいリンゴを一つ描いてみよう家肯。しかしそれは本物のリンゴになってころげ落ちるどころか、貼った紙片のようにはがれようとさえせず盟猖、こすった手のひらの下で元どおり壁の地肌に消えてしまった讨衣。
よろこびは一夜の夢にしかすぎなかった。すべてが終って扒披、何も始まらなかった前と同じになってしまったのだ值依。そうだろうか? いや碟案、悲しみは五倍になって帰ってきた。そして空腹も五倍になって襲いかかった颇蜡。多分食べたものが腹の中で价说、壁の成分とチョークの粉に還元してしまったに相違ない辆亏。
共同水道で、掌にうけた水をたてつづけに一リットルも飲むと鳖目、まだもや[0邕叮「もや」に傍點]につつまれて明けきらぬ寂しい街に出た。百メートルほど先の食堂の炊事場から流れ出している下水の上に身をこごめ领迈、ねばねばしたタール様の汚水に手をつっこみ彻磁、何やら引出した±晖保籠になった金網(wǎng)だった衷蜓。それを近くの小川で洗うと、食べられそうなものが殘った尘喝。とりわけ磁浇、米らしいものがその半分を占めているのが心強(qiáng)かった。そこに金網(wǎng)をしかけておくと朽褪、一日で一回分の食物にありつけることを置吓、最近彼はアパートの名人から聞き知ったのだった。老人は缔赠、丁度ひと月ほど前から衍锚、その分だけおから[#「おから」に傍點]が買える身分になったので嗤堰、食堂の下水を彼にゆずってくれたのだった戴质。
昨夜の御馳走を想い出すと、これはまたなんて泥臭く梁棠、まずいことだろう置森。だが、魔法ではなく符糊、実際に腹の足しになるということはかけがえもなく大事なことであったから凫海、拒むことができない。喉の動きを一口ごとに意識しなければならぬほどまずくても男娄、食べなくてはならぬのだ行贪。くそ、これが現(xiàn)実というやつさ模闲。
晝すこし前建瘫、街に出て、銀行に出ている友人のところに立ちよった尸折。友人は微苦笑を浮べ啰脚、「今日はおれの番かい」アルゴン君はこわばった無表情でうなずき、いつものように弁當(dāng)を半分わけてもらい实夹、自動的に深く頭を下げたまま外に出た橄浓。
それから半日粒梦、アルゴン君は考えた。
チョークを握りしめ荸实、椅子にもたれて匀们、魔法についての空想にふけっていると、その強(qiáng)烈な願望の周囲に次第に期待が結(jié)晶しはじめ准给、やがて再び夕暮時がちかづいた時泄朴、日沒とともにあの魔法が再び効力を発するかもしれぬという予想が、ほとんど確信めいたものに変っていった露氮。
どこかの騒がしいラジオが五時の時報をつげた祖灰。彼は立上って壁にパンとバターと、サージンのかん[B僬蓿「かん」に傍點]詰と夫植、それにコーヒーを描いた。それから忘れずにその下にテーブルを描きそえた油讯。昨夜のように落ちて割れたりすることのないように详民。そして待った。
やがて闇が部屋の隅から壁にそって這い上りはじめた陌兑。彼は魔法が行われる過程をたしかめたいと思って明りをつけた沈跨。昨夜すでに電燈の光りが魔法に対して無害であることをたしかめてある。
陽が沈んだ兔综。目の迷いのように壁の絵がうすらぎはじめた饿凛。壁と目の間に霧がかかっているようだ。壁の絵はますます淡くなり软驰、霧はますます?jié)猡胜盲皮妞е稀¥浃皮饯戊Fが濃縮され、物質(zhì)の形態(tài)をとったかと思うと锭亏、(成功だ>牢狻)忽然、絵の內(nèi)容が実體となって現(xiàn)われているのだった慧瘤。
コーヒーはうまそうに戴已、つぶつぶの湯気をたてていた。パンは焼立ててまだ熱い锅减。おや糖儡、かん[#「かん」に傍點]切を忘れていた怔匣。左手で落ちないように受止めながら握联、描いていくと、描くはしから実體になって現(xiàn)われた。文字どおりの描出である拴疤。
ふと何かにつまずく永部。昨夜のベッドが独泞、再び(存在)しているのだった呐矾。その上に、柄だけのナイフ(刃のところを指で消してしまったので)とバターの包紙と割れたコップがころがっていた懦砂。
空腹が満たされると蜒犯、アルゴン君はベッドに橫になり、さて荞膘、これからどうしたものか罚随、今ではこの魔法が太陽の光の前では無効であることが明瞭である、明日になればまたつらい想いをしなければならない羽资。なんとか巧く切り抜ける工夫はないものか淘菩? 名案だ、ふと思いつく屠升、窓をふさいで闇の中にとじこもろう潮改。
その計畫を?qū)g行するためには、多少の銭を必要とした腹暖。太陽をふせぐための汇在、太陽によって実體を失わないものが必要なのだ。しかし銭を描くのはちょっと難しい脏答。よし糕殉、智慧をしぼって、一杯にふくらんだ財布殖告“⒌……開けて見ると、うまくいった黄绩、まず充分以上の紙幣がぎっしりつまっている羡洁。
木の葉の小判のように、晝になれば消えてしまうこの金は宝与、しかし木の葉のように跡を殘さないので安心だった焚廊。それでも一応警戒して、わざと遠(yuǎn)くの街まで出向き习劫、厚手の毛布二枚咆瘟、黒のラシャ紙五枚、フェルトの板一枚诽里、釘一箱袒餐、五分角の木材四本。さらに途中の古本屋で目にとまった料理全集を一冊。余った金でコーヒーを飲んだ灸眼。そのコーヒーは卧檐、壁から描き出したコーヒーとくらべて、いささかもすぐれた點があるとは思えなかった焰宣。それは霉囚、(何故か)彼を得意にした。最後に新聞を買った匕积。
まず盈罐、ドアをぴったり釘づけにし、その上にラシャ紙二枚と毛布をはりつけた闪唆、殘りの材料で窓をふさぎ盅粪、縁を角材でとめた。安全感と同時に襲いかかった永遠(yuǎn)感の重さに悄蕾、アルゴン君は意識が遠(yuǎn)くなり票顾、ベッドにつっ伏すとしばらく眠った。
居眠りは歓喜を少しも弱めず帆调、中和もしなかった奠骄。目を覚ますと、體中に鋼鉄のゼンマイが仕掛けられていて贷帮、ぴんぴん跳ねてしようがなかった戚揭。新しい日、新しい時……黃金の粒子でできた輝く霧に包まれた明日が撵枢、そして更にその明日が民晒、もっともっと多くのかかえきれないほどの明日たちが、ためらいもせずに待ちうけているのだ锄禽。アルゴン君は幸福そうな潜必、いくらか持て余し気味な微笑を浮かべた。今沃但、この瞬間は磁滚、すべてが何物にもさまたげられず、あらゆる可能性の中で宵晚、彼の手によって創(chuàng)られようと待ちかまえている垂攘、輝かしい時なのだ。だが淤刃、その奧底に晒他、かすかにうずく悲哀はなんであろう? 多分逸贾、天地創(chuàng)造の寸前に陨仅、神が感じたであろう津滞、その悲哀に相違ない。微笑んでいる筋肉の傍らで灼伤、小さな筋肉が微かに慄いた触徐。
アルゴン君は大きな柱時計を描いた。ふるえる手で針を正十二時に合わせ狐赡、その瞬間を新しい運命の暦の最初の時に定めた撞鹉。
少し息苦しいと思い、廊下に面した壁に窓を描いた猾警。おや孔祸。どうしたのだろう、窓はいつまでも絵のままで发皿、本物の窓にならない。一寸當(dāng)惑した後で拂蝎、すぐその窓が(外)を持たないため穴墅。つまり窓として十分な條件を備えていないために、実體を獲得できないでいるのだと気付いた温自。では窓の外を描こうか玄货。どんな景色がいいかな? アルプスのような山にしようか悼泌、ナポリのような海にしようか松捉、靜かな田園風(fēng)景も悪くはあるまい、シベリヤの原始林だって面白いぞ馆里“溃……絵葉書や旅行案內(nèi)で見た美しい風(fēng)景がちらちら飛びかよう。だが鸠踪、その中の一つを選ばなければならず丙者。一つだけしか選べないのだと思うと、なかなか決まらない营密。まあ械媒、たのしみは先に取っておいたほうが賢明と、ウィスキーとチーズを描いて评汰、ちびちびやりながらゆっくり考えることにした纷捞。
だが、考えれば考えるほど分らなくなってくる被去。どうやらこれは容易なことではなさそうだぞ主儡。もしかすると、おれが今まで描いた编振、いや缀辩、人類がかつて試みた臭埋、いかなる構(gòu)図よりも大仕掛かもしれない。なるほど臀玄、よく考えてみると瓢阴、単に海や山や小川や果樹園や、そんな目を楽しませるものを描くだけでは駄目なのだ健无。仮りに荣恐、山を描いたとする。しかし累贤、おれが描いたのは単なる山ではなくなるのだ叠穆。その山の向うはどうだろう。町があるのか臼膏、海があるのか硼被、沙漠があるのか、どんな人間が住んでいるのか渗磅、どんな獣が住んでいるのか嚷硫? 知らずにおれはそれらを決定してしまうことになるのだ。この仕事は窓を窓にするためにする附屬的な仕事じゃない始鱼。世界の創(chuàng)造に関わることなのだ仔掸。おれの一筆が世界を決定するのだ、そんな偶然にまかせていいものだろうか医清? そうだ起暮、うかつに窓に(外)を與えるようなことをしてはいけない、おれは会烙、まだどんな人間も描いたことがないような絵を描かなければならないのだ负懦。
アルゴン君は考え沈んだ。
最初の一週間持搜、彼はこの無限性をはらんだ世界の設(shè)計を想って密似、もんもんの日をすごした。部屋には再びキャンバスが立ち並び葫盼、テレピンの匂いが立ちこめた残腌。何十枚もの下図が積み上げられた。しかし考えれば考えるほど贫导、問題はどこまでもおしひろがって抛猫、ついには彼の手には負(fù)えそうにもなくなるのだった。思いきって孩灯、偶然にまかせようと思ったが闺金、まあ待て、それでは折角新しい世界を手に入れた意味がなくなる峰档。部分的事実の必然を正確に捉えるだけでは败匹、それら事実相互の矛盾は寨昙、結(jié)局彼を再び過去の世界に引き戻し、飢えにおとしいれぬとも限らぬのだ掀亩。それに舔哪、チョークにも壽命がある。世界を捉えなければならない槽棍。
次の一週間は酒と飽食で走りさった捉蚤。
第三週目は狂気に似た絶望のうちに過ぎた。再びキャンバスはほこりにまみれ炼七、油の匂いはうすらいだ缆巧。
第四週目。――アルゴン君はついに決心した豌拙。それはほとんど陕悬、やけくその結(jié)果だった。もうどうしても待ちきれなかった姆蘸。窓に自分の手で(外)を與える責(zé)任からのがれるため墩莫、萬事を偶然にまかせる大冒険をこころみよう。壁にドアを描き逞敷、ドアの外によって(外)を決定しよう。もしそれが大失敗に終っても灌侣、例えば元どおりのアパートの光景があったとしても推捐、窓の(外)の責(zé)任にせまられるより遙かにましだ。なんでも構(gòu)わぬ侧啼、逃げ出せばいいんだ牛柒。
アルゴン君は久しぶりに上衣をつけた。世界を決定する儀式なのだから痊乾、さして大仰ともいえまい皮壁。こわばった手つきで、運命のチョークをおろす哪审。ドアの図蛾魄。……息がはずんだ湿滓。無理はない滴须。とにかく未知の「ドアの外」を見ることは、人間に耐えうる最大の期待かもしれぬではないか叽奥。そこには代償として死が待ちうけているかもしれないのだ扔水。
把手をつかんだ。一歩さがってドアを開けた朝氓。
目の中にダイナマイトがつっこまれた魔市。炸裂した主届。……ややあって待德、こわごわ目を開くと君丁、恐しいような曠野がぎらぎら正午の太陽に輝いていた。見渡すかぎり地平線以外磅网、影一つない谈截。空は黒ずんでみえるほど雲(yún)一つない涧偷。からからになった熱風(fēng)が砂塵をまいて吹きすぎた簸喂。ああ、これではまるで構(gòu)図を定めるために引いた水平線が燎潮、そのまま景色になったようなものだ喻鳄。ああ……。
チョークは結(jié)局なんの解決にもならなかったのだ确封。やはりすべてをはじめから創(chuàng)らねばならないのだ除呵。山を描き、水を描き爪喘、雲(yún)を描き颜曾、草本を描き、鳥や獣を描き秉剑、魚などを描いてこの曠野に與えねばならぬのだ泛豪。それにもまして、再び世界を描かねばならぬのだ侦鹏。がっかりして诡曙、アルゴン君はベッドに倒れた。次から次へと涙があふれて止らなかった略水。
ポケットの中で价卤、カサッと鳴るものがあった。最初の晩渊涝、買ったまま忘れていた新聞だった慎璧。第一面には大見出しで、「三十八度線突破驶赏!」炸卑。第二面にはそれよりも大きくミス?ニッポンの寫真。その下に小さく煤傍、「N區(qū)の職安さわぎ」盖文、「U工場の大量|馘首」。
アルゴン君は蚯姆、その半裸のミス?ニッポンをじっと見つめる五续。なんという激しい郷愁だろう洒敏。なんという肉體だろう。ガラスの肉だ疙驾。ここに忘れられていたものがある凶伙。ほかの事件なんぞはどうでもいい。すべてをアダムとイヴから始めなければならない時だ它碎。おお函荣、そうだ。イヴ扳肛、イヴを描こう傻挂!
數(shù)十分の後、全裸のイヴが挖息、アルゴン君の前に立っている金拒。イヴは驚いてあたりを見廻し、
「あら套腹、どなた绪抛? 私、どうしたのかしら电禀? まあ幢码、私、裸だわ」
「ぼく尖飞、アダムです蛤育。あなたはイヴです」アルゴン君は顔を赤らめ、いくらかてれてしまう葫松。
「私がイヴですって? ああ底洗、だから裸なのね腋么。でも、何故あなたは洋服なんか著ているの亥揖? 洋服を著たアダムなんて変だわ」急に語調(diào)を変え珊擂、「噓つき! 私イヴなんかでないことよ费变。ミス?ニッポンよ」
「イヴですよ摧扇。本當(dāng)にイヴですよ」
「洋服を著て、こんな汚いアパートに住んでいるアダムのいうことなんて挚歧、私信用しないわ扛稽。さあ、早く滑负、服返してよ在张。変ねえ用含、私こんなとこにいるはずないんだわ。これから寫真競技會のモデルで特別出演しなければならないのよ」
「弱ったなあ帮匾。あなたは勘ちがいしているんですよ啄骇。本當(dāng)にイヴなんですよ」
「しつこいわね。じゃ瘟斜、智慧の実はどこにあって缸夹? これがエデンの園だっていうの? へっ螺句、笑わさないでよ虽惭。さあ、早く服を返して」
「まあ壹蔓、とにかくぼくのいうことを聞いて下さい趟妥。そこに掛けて。萬事はそれから佣蓉∨悖……ところで、何か召上りますか勇凭?」
「召上るわよ疚膊。でも、服は早く返してね虾标。私の肉體は高価なのよ」
「何がいいですか寓盗? この料理全集の中から、お好きなものをどうぞ」
「まあ璧函、すごい傀蚌、本當(dāng)なの? こんな汚いアパートにいるくせに蘸吓、あなた隨分金持なのね善炫。見直すわ。あなたは本當(dāng)にアダムかもしれないわ库继。職業(yè)は何箩艺? 強(qiáng)盜就缆?」
「ちがう清钥、アダムですよ。アダム仅政、兼拜英、畫家静汤、兼、世界設(shè)計家」
「分らないわ」
「ぼくにも分らない。だから絶望してるんです」
そう言いながら撒妈、手早くアルゴン君が描き出した料理を見て恢暖、イヴは叫んだ。
「あら狰右、すごい杰捂。すごいわねえ。本當(dāng)にエデンの園ね棋蚌。信じるわ嫁佳。そのチョーク、そんな風(fēng)になんでも出せるの谷暮? たまらなくなっちゃうわ蒿往。ええ、いいわ湿弦。私瓤漏、イヴになるわ。イヴになってもいいことよ颊埃。私たち蔬充、きっと金持になれるわね」
「ぼくのイヴ、それじゃ聞いて下さい」そしてアルゴン君は悲しそうな聲で班利、一部始終を物語り饥漫、最後につけ加えて、「……そんなわけで罗标、私はあなたの協(xié)力をえて庸队、一緒に世界の設(shè)計をしなければならないのです。お金なんか問題じゃありません闯割。私達(dá)は一切を最初から始めなければならないのです」
ミス?ニッポンはきょとんとした顔で彻消、「まあ、お金が問題じゃないんですって宙拉? 分らないわ证膨。分らないわ。斷然分らないわ」
「そんなにおっしゃるのなら鼓黔、まあ、このドアの外の景色をごらんなさい」
アルゴン君が半開きにしたドアをちらっとのぞいて不见、「まあ澳化、いやだ!」叩きつけるように閉めるとアルゴン君をにらみ稳吮、「でも缎谷、こっちのドアは……」と毛布で覆った本物のドアを指して、「ちがうんでしょう」
「いけない。そっちは駄目です列林。もとの世界は一切を消してしまいます瑞你。その料理も、機(jī)も希痴、ベッドも者甲、そしてあなた自身さえも。あなたは今砌创、新しい世界のイヴなんですよ虏缸。ぼくらは世界の父と母にならなければならないのです」
「まあ、いやだ嫩实。私だんぜん産児制限主義よ刽辙。だって、面倒なんですもの甲献。それに宰缤、私、消えたりしないことよ」
「消えますとも」
「消えませんとも晃洒。自分のことは自分が一番よく知っててよ慨灭。私は私、消えるなんて锥累、なんておかしなことをいう人なんでしょう」
「ぼくのイヴ缘挑、君は知らないんだ。世界をつくりかえなければ桶略、結(jié)局ぼくらを待っているのは飢えなんだ」
「あら语淘、あなた[#「あなた」に傍點]が急に君になったのね际歼、それにしても惶翻、失禮だわ。私が飢えるんですって鹅心? 驚いちゃうわねえ吕粗。私の肉體は高価なのよ」
「いや、君の肉體は旭愧、ぼくのチョークと同じなんだ颅筋。世界を獲得しなければ、結(jié)局は架空の存在なのだ输枯。無と同じなんだ」
「ちんぷんかんぷん议泵。おしゃべりはもう結(jié)構(gòu)。さあ桃熄、早く服返してよ先口。私もう帰るわよ。どう考えたって、私ここにいるなんて妙だわ碉京。ここにいるはずはないのよ厢汹。全くあんた凄腕だわ。さあ谐宙、早くして烫葬。きっとマネージャーが待ちくたびれているわよ。でも卧惜、私時々あなたのイヴになりに來てもいいわ厘灼。そのとき、ほしいものをチョークで出してくれるんなら」
「馬鹿咽瓷! そんなわけにはいかないんだ」
アルゴン君の设凹、急に激しい口調(diào)に、イヴは驚いて彼の顔を見た茅姜。二人はじっと見合ったまま闪朱、しばしの沈黙。やがて何を思ったか钻洒、イヴが穏かな調(diào)子で奋姿、
「いいわ、私素标、ずっとここにいてもいいわ称诗。その代り、條件があるの聞いてくれる头遭?」
「どんなこと寓免? 君が本當(dāng)にずっとここにいてくれるというなら、どんなことでも聞いてあげるよ」
「私计维、あなたのチョークを半分ほしいの」
「そいつは無理さ袜香。だって、君鲫惶、絵を描けないだろう蜈首。なんにもならないじゃないか」
「描けるわよ。これでも欠母、もと欢策、デザイナーだったのよ。私赏淌、斷然男女同権を主張するわ」
一瞬猬腰、首を傾げていたが、アルゴン君は姿勢を正し猜敢、きっぱり言った。「よろしい缩擂。君を信用しよう」
そしてチョークを注意深く半分に折り鼠冕、一方をイヴに渡した。イヴは受け取ると胯盯、すぐに壁に向って何やら描きはじめた懈费。
ピストルだった。
「よしたまえ博脑。そんなもの憎乙、何するんだ」
「死……死をつくるの。世界をつくるには叉趣、まず物事のけじめ[E⒈撸「けじめ」に傍點]が大事でしょう」
「駄目だ。そりゃ終りだよ疗杉。およしよ阵谚。一番必要のないものだ」
しかし、もうおそく烟具、イヴの手には小型のピストルがにぎられていた梢什。イヴはそのピストルを上げ、アルゴン君の胸元にぴったりねらいをつけて朝聋、
「動くと撃つわよ嗡午。手をあげて。お馬鹿さんのアダム冀痕、誓いは偽りの始まりということを知らないの荔睹。私に噓をつかせるようにしむけたのはあなたよ」
「なんだ。また金度、何を描くんだ应媚!」
「ハンマーよ。ドアを打ち破るの」
「駄目だ猜极!」
「動くと撃つわよ」
アルゴン君がとびかかると同時に中姜、ピストルが鳴った。アルゴン君は胸をおさえ跟伏、膝を折り丢胚、床に倒れた。不思議に血が出なかった受扳。
「お馬鹿さんのアダム」
イヴは笑った携龟。それからハンマーを振り上げてドアを打った。
さっと光が差し込んだ勘高。それほど強(qiáng)くはなかったが峡蟋、それは本當(dāng)の光だった坟桅。太陽から出た光だった。イヴの姿はぱっと霧のように吸収されてしまった蕊蝗。機(jī)もベッドもフランス料理もなくなってしまった仅乓。アルゴン君と、床にころげた料理全集と蓬戚、椅子をのぞいた一切が夸楣、すべて壁の絵に還ってしまった。
アルゴン君はふらふらと立上った子漩。胸の痕は癒えていた豫喧。しかし、死よりも強(qiáng)くなにものかが幢泼、彼を招いている紧显、強(qiáng)制している。――壁旭绒。壁が呼んでいるのだ鸟妙。四週間、壁の絵ばかり食べつづけた彼の肉體は挥吵、ほとんど壁の絵の成分でおきかえられてしまっていたのだ重父。もはやどんな抵抗も不可能である。アルゴン君は壁に向ってよろめいた忽匈。そして房午、イヴの上に重なるように、吸い込まれていった丹允。
銃聲と郭厌、ドアを打ち破る音を聞きつけたアパートの人々が駈けつけた時には、アルゴン君はすっかり壁の中にはまりこんで雕蔽、絵になっていた折柠。人々は椅子と料理全集のほかには、壁の落書しか見なかった批狐。絵になってイヴの上に重なったアルゴン君を見て扇售、「絵描きさん、よほど女に飢えていたんだな」と誰かが言い嚣艇、「アルゴン君承冰、まるで本物みたいに描けているじゃないか」と別な誰かが言った∈沉悖「なんてことしやがるんだ困乒。ドアを壊したりして。おまけに壁は落書だらけでさ贰谣。うむ娜搂、唯じゃおけんよ迁霎。え、一體どこに消えっちまったんだい百宇、あの三文絵描きめ欧引!」ひとりでぷりぷりしているのはアパートの管理人だった。
人々が出て行った後恳谎、壁の中からこんな呟きが聞えた”镄ぃ「世界をつくりかえるのは因痛、チョークではない」そして壁の上に一滴のしずくが湧き出した。それは丁度絵になったアルゴン君の目のあたりからだった岸更。
魔法のチョーク
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